倭の奴国王と金印(57年)の語呂合わせ・覚え方
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57年
倭の奴国王が後漢に使いを送り、金印を授かる
こんな(57)金印ほしかった。
時代: 弥生・古墳時代
倭の奴国王と金印ってなに?
- 日本の奴国(なこく)という国の王が、中国の皇帝から金のはんこをもらったできごと
- そのころの日本は小さな国に分かれ、たがいに争っていた
- 57年、奴国の王は、中国の大きな国である後漢に使いを送った
- 後漢の皇帝光武帝(こうぶてい)は、使いに金印をあたえた
- このことは、中国の歴史書『後漢書』東夷伝(とういでん)に書かれている
- 江戸時代、福岡県の志賀島(しかのしま)で「漢委奴国王」ときざまれた金印が見つかった
入試でねらわれるポイント
- 「漢委奴国王」と刻まれた金印が見つかった場所として、福岡県の志賀島がよく問われる。
- 金印のことを記した歴史書は『後漢書』東夷伝である。卑弥呼の『魏志』倭人伝と区別する。
- 57年の奴国王は後漢へ、239年の卑弥呼は魏へ使いを送った。相手の王朝がちがう。
関連キーワード
| 用語 | ひとことメモ |
|---|---|
| 金印 | 「漢委奴国王」と刻まれ、志賀島で発見された |
| 光武帝 | 奴国の王に金印を授けた後漢の皇帝 |
| 志賀島 | 江戸時代に金印が見つかった福岡県の島 |
| 『後漢書』東夷伝 | 奴国が使いを送ったことを記す中国の歴史書 |
| 奴国 | 今の福岡市付近にあった小さな国 |
オレンジ色の文字は赤シートで消えます。印刷して、隠して覚えましょう。
弥生・古墳時代の札
- 57 倭の奴国王が後漢に使いを送り、金印を授かる
- 239 卑弥呼が魏に使いを送る
- 538 百済から仏教が伝わる