第一次護憲運動(1912年)の語呂合わせ・覚え方
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1912年
第一次護憲運動がおきる
桂内閣、引く(19)のいつ(12)? 護憲運動。
時代: 大正時代
第一次護憲運動ってなに?
- 国民が、憲法にもとづく政治を守れと内閣に反対した運動
- 明治の政治は、長州藩や薩摩藩の出身者が中心の藩閥(はんばつ)政治だった
- 1912年、長州藩出身の桂太郎が3度目の内閣をつくり、国民が反発した
- 尾崎行雄や犬養毅らは「閥族打破・憲政擁護」をかかげて運動をおこした
- 議会の外でも多くの民衆が集まり、運動を支えた
- 翌1913年、桂内閣は50日あまりで退陣(やめること)した
入試でねらわれるポイント
- 護憲運動の中心となった政治家はだれか。尾崎行雄と犬養毅の二人をおさえる。
- 運動の合言葉は「閥族打破・憲政擁護」。退陣した首相は桂太郎である。
- 第二次護憲運動は1924年。その結果できた加藤高明内閣が普通選挙法を成立させた。
関連キーワード
| 用語 | ひとことメモ |
|---|---|
| 桂太郎 | 運動によって退陣に追いこまれた総理大臣 |
| 尾崎行雄 | 護憲運動の中心となった政治家。憲政の神様とよばれた |
| 犬養毅 | 尾崎行雄とともに護憲運動を指導した政治家 |
| 憲政擁護 | 憲法にもとづく政治を守ろうという運動の合言葉 |
| 藩閥 | 薩摩・長州など特定の藩の出身者のまとまり。政治の中心をにぎった |
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