武家諸法度(1615年)の語呂合わせ・覚え方
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1615年
武家諸法度が出される
異論(16)、以後(15)なし、武家諸法度。
時代: 江戸時代
武家諸法度ってなに?
- 江戸幕府が、大名を取りしまるために決めたきまり
- 1615年、大坂の陣という戦いで豊臣氏がほろびた
- そのあと2代将軍徳川秀忠のときに、幕府は武家諸法度を出した
- 城を新しく築くことや、許しなく修理することを禁じた
- 大名どうしが勝手に結婚することも禁じ、破ると領地を取り上げた
- 同じ年には、大名の城を一つに限る一国一城令も出された
入試でねらわれるポイント
- 武家諸法度は大名を取りしまるきまり。天皇や公家を対象とした禁中並公家諸法度と区別する。
- 最初の武家諸法度は2代将軍秀忠のとき。参勤交代を加えたのは3代徳川家光である。
- 城の無断の修理や、大名どうしの無断の結婚の禁止が、内容としてよく問われる。
関連キーワード
| 用語 | ひとことメモ |
|---|---|
| 徳川家康 | 大坂の陣の後、法度の制定を進めた人物 |
| 徳川秀忠 | 武家諸法度が出されたときの2代将軍 |
| 大坂の陣 | 豊臣氏がほろびた戦い。この直後に法度が出された |
| 一国一城令 | 同じ年に出された、大名の城を一つに限る命令 |
| 改易 | 違反した大名の領地を取り上げる処分 |
オレンジ色の文字は赤シートで消えます。印刷して、隠して覚えましょう。
江戸時代の札
- 1603 江戸幕府が成立する
- 1615 武家諸法度が出される
- 1635 参勤交代の制ができる
- 1637 島原・天草一揆がおこる
- 1639 ポルトガル船の来航禁止
- 1641 オランダ商館を出島に移す
- 1649 慶安の御触書(伝統的な年号)
- 1687 徳川綱吉が生類憐みの令を出す
- 1709 新井白石の政治が始まる
- 1716 徳川吉宗が享保の改革を始める
- 1772 田沼意次が老中になる
- 1774 『解体新書』を出版する
- 1776 アメリカ独立宣言がだされる
- 1787 松平定信が寛政の改革を始める
- 1825 異国船打払令がだされる
- 1837 大塩平八郎の乱がおきる
- 1839 蛮社の獄
- 1840 アヘン戦争がはじまる
- 1841 水野忠邦が天保の改革を始める
- 1842 アヘン戦争で清が敗北する(南京条約)
- 1853 ペリーが浦賀に来航する
- 1854 日米和親条約が結ばれる
- 1858 日米修好通商条約が結ばれる
- 1858 安政の大獄が始まる
- 1860 桜田門外の変がおこる
- 1861 アメリカ南北戦争がおきる
- 1862 生麦事件がおきる
- 1866 薩長同盟が成立する
- 1867 徳川慶喜が大政奉還する
- 1867 王政復古の大号令が出される
- 1868 戊辰戦争がおこる