ペリー来航(1853年)の語呂合わせ・覚え方
© 2026 株式会社レフィー このイラストと語呂の無断転載・再配布・販売、AI への入力・学習利用を禁止します
1853年
ペリーが浦賀に来航する
いや(18)でござ(53)る、浦賀の黒船。
時代: 江戸時代
ペリー来航ってなに?
- アメリカのペリーが軍艦で浦賀に来て、開国(外国とつきあうこと)をせまったできごと
- アメリカは太平洋で捕鯨(くじらをとること)を行い、清とも貿易をしていた
- そのため、船が燃料や水を補給できる港を日本に求めた
- 1853年、ペリーが4隻の軍艦を率いて浦賀(うらが)に来航した
- 人々は、船体を黒くぬった軍艦を黒船とよんでおどろいた
- 幕府は返事を翌年にのばし、国内は開国か攘夷(外国を追い払うこと)かで分かれた
入試でねらわれるポイント
- ペリーが来航した場所は浦賀(神奈川県)である。翌年の条約で開いた下田・函館と区別する。
- アメリカが日本に港を求めた理由は、捕鯨船や清へ向かう船の補給のためである。
- 1853年のペリー来航と1854年の日米和親条約を、1年ちがいとして続けて覚える。
関連キーワード
| 用語 | ひとことメモ |
|---|---|
| ペリー | 軍艦を率いて来航したアメリカの使節 |
| 浦賀 | 今の神奈川県横須賀市。ペリーが来航した場所 |
| 黒船 | ペリーが率いた軍艦を、人々がこうよんだ |
| フィルモア | 開国を求める国書を出したアメリカ大統領 |
| 日米和親条約 | 翌年ペリーがふたたび来て結ばれた条約 |
オレンジ色の文字は赤シートで消えます。印刷して、隠して覚えましょう。
江戸時代の札
- 1603 江戸幕府が成立する
- 1615 武家諸法度が出される
- 1635 参勤交代の制ができる
- 1637 島原・天草一揆がおこる
- 1639 ポルトガル船の来航禁止
- 1641 オランダ商館を出島に移す
- 1649 慶安の御触書(伝統的な年号)
- 1687 徳川綱吉が生類憐みの令を出す
- 1709 新井白石の政治が始まる
- 1716 徳川吉宗が享保の改革を始める
- 1772 田沼意次が老中になる
- 1774 『解体新書』を出版する
- 1776 アメリカ独立宣言がだされる
- 1787 松平定信が寛政の改革を始める
- 1825 異国船打払令がだされる
- 1837 大塩平八郎の乱がおきる
- 1839 蛮社の獄
- 1840 アヘン戦争がはじまる
- 1841 水野忠邦が天保の改革を始める
- 1842 アヘン戦争で清が敗北する(南京条約)
- 1853 ペリーが浦賀に来航する
- 1854 日米和親条約が結ばれる
- 1858 日米修好通商条約が結ばれる
- 1858 安政の大獄が始まる
- 1860 桜田門外の変がおこる
- 1861 アメリカ南北戦争がおきる
- 1862 生麦事件がおきる
- 1866 薩長同盟が成立する
- 1867 徳川慶喜が大政奉還する
- 1867 王政復古の大号令が出される
- 1868 戊辰戦争がおこる