寛政の改革(1787年)の語呂合わせ・覚え方
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1787年
松平定信が寛政の改革を始める
定信は、ひな(17)人形、は(8)な(7)やかにせず倹約。
時代: 江戸時代
寛政の改革ってなに?
- 老中の松平定信が、ききんで荒れた世の中を立て直そうとした改革
- 田沼意次の政治のあと、1787年に松平定信が老中になり、寛政の改革を始めた
- 祖父の徳川吉宗の政治を手本に、倹約(むだづかいをしないこと)をすすめた
- ききんに備えて、米をたくわえさせる囲米(かこいまい)を行った
- 幕府の学校では、朱子学(儒学の一つ)以外の学問を禁じた
- きびしすぎる改革は反発を受け、定信は6年ほどで老中をやめた
入試でねらわれるポイント
- 寛政の改革を行った老中はだれか、と問われる。白河藩主だった松平定信で、徳川吉宗の孫である。
- 囲米・棄捐令(きえんれい)・寛政異学の禁はセットで覚える。上げ米は享保の改革なので区別する。
- 「白河の清きに魚のすみかねて」の狂歌は、定信の厳しい政治を皮肉ったものとして出る。
関連キーワード
| 用語 | ひとことメモ |
|---|---|
| 松平定信 | 寛政の改革を行った白河藩主出身の老中 |
| 囲米 | ききんに備えて大名に米をたくわえさせた制度 |
| 寛政異学の禁 | 幕府の学校で朱子学以外を教えることを禁じた |
| 棄捐令 | 旗本・御家人の借金を帳消しにした法令 |
| 徳川吉宗 | 定信の祖父。その政治を手本にした |
オレンジ色の文字は赤シートで消えます。印刷して、隠して覚えましょう。
江戸時代の札
- 1603 江戸幕府が成立する
- 1615 武家諸法度が出される
- 1635 参勤交代の制ができる
- 1637 島原・天草一揆がおこる
- 1639 ポルトガル船の来航禁止
- 1641 オランダ商館を出島に移す
- 1649 慶安の御触書(伝統的な年号)
- 1687 徳川綱吉が生類憐みの令を出す
- 1709 新井白石の政治が始まる
- 1716 徳川吉宗が享保の改革を始める
- 1772 田沼意次が老中になる
- 1774 『解体新書』を出版する
- 1776 アメリカ独立宣言がだされる
- 1787 松平定信が寛政の改革を始める
- 1825 異国船打払令がだされる
- 1837 大塩平八郎の乱がおきる
- 1839 蛮社の獄
- 1840 アヘン戦争がはじまる
- 1841 水野忠邦が天保の改革を始める
- 1842 アヘン戦争で清が敗北する(南京条約)
- 1853 ペリーが浦賀に来航する
- 1854 日米和親条約が結ばれる
- 1858 日米修好通商条約が結ばれる
- 1858 安政の大獄が始まる
- 1860 桜田門外の変がおこる
- 1861 アメリカ南北戦争がおきる
- 1862 生麦事件がおきる
- 1866 薩長同盟が成立する
- 1867 徳川慶喜が大政奉還する
- 1867 王政復古の大号令が出される
- 1868 戊辰戦争がおこる