中学受験 歴史マスター > 古墳時代の問題
古墳時代は、各地の王や豪族が大きな墓をつくり、やがて大和政権が全国を統一していく時代です。前方後円墳の形、大仙古墳、はにわ、渡来人が伝えた技術、稲荷山古墳と江田船山古墳の鉄剣・鉄刀に刻まれたワカタケル大王の名前が中心の出題になります。とくに「なぜ関東と九州の両方から同じ大王の名が出るのか」という問いは、大和政権の勢力範囲を示す証拠として頻出です。
古墳時代には、王や豪族の墓として大きな古墳がつくられた。大仙古墳に代表される、上から見ると鍵穴(かぎあな)のような形をした古墳をという。
前方後円墳です。四角い前方部と丸い後円部がつながった形で、上から見ると鍵穴のように見えます。大阪府堺市の大仙古墳は全長486メートルで日本最大、面積では世界最大級の墓とされ、これをつくらせるだけの力を大和政権が持っていたことがわかります。
古墳時代を中心に、大陸や朝鮮半島から日本に移り住み、機織りや焼き物、漢字などのすぐれた文化や技術を伝えた人々を何というか。
渡来人です。朝鮮半島や中国から移り住み、機織り、須恵器という高温で焼くかたい土器、鉄器づくり、土木技術、漢字、儒教、のちには仏教まで伝えました。大和政権は彼らを重く用い、記録や外交の仕事もまかせています。
古代中国で生まれ、渡来人によって日本に伝えられて、日本で最初の文字として使われるようになったものは何か。
漢字です。渡来人によって伝えられ、日本で初めて使われた文字になりました。当初は中国語の文章として読み書きされ、日本語の音を漢字で表す万葉がなを経て、平安時代にひらがなやカタカナが生まれます。
3世紀後半ごろから各地につくられた、土を高く盛り上げてつくった大きな墓である古墳は、主にどのような人々の墓としてつくられたか。
天皇や有力な豪族です。古墳は土を高く盛り上げてつくるため、多くの人手と長い年月が必要でした。つまり古墳の大きさは、そこに葬られた人が動員できた人の数、すなわち力の大きさをそのまま表しています。
大和政権の勢力が遠くはなれた地域までおよんでいたことを示す、「ワカタケル大王」の名が記された鉄刀が出土した江田船山古墳がある都道府県はどこか。
熊本県です。江田船山古墳から出土した鉄刀にワカタケル大王の名が刻まれており、同じ名が埼玉県の稲荷山古墳の鉄剣にも記されています。九州と関東という遠くはなれた二か所から同じ大王の名が出ることが、大和政権の勢力が全国に広がっていた何よりの証拠になります。
倭(わ=当時の日本)が朝鮮半島に出兵したことが記されている、高句麗(こうくり)の王の業績をたたえて建てられた石碑をという。
好太王碑です。中国の吉林省に立つ高さ6メートルをこえる石碑で、高句麗の好太王の業績をたたえる文の中に、倭が朝鮮半島にせめこんで戦ったことが記されています。日本側に文字の記録がない時代のことを知る、数少ない手がかりです。
5世紀ごろ、倭の五王が王としての地位を中国に認めてもらうために使いを送った。使いを送った先の中国の王朝は である。
宋です。中国の歴史書『宋書』倭国伝に、讃・珍・済・興・武の五人の王が使いを送ったことが記されています。中国の皇帝に王としての地位を認めてもらうことで、朝鮮半島での立場を有利にしようとしたのがねらいでした。
日本最大の古墳である大仙古墳をふくむ、大阪府にある王や豪族の巨大な墓の集まりで、2019年に世界文化遺産に登録された古墳群を何というか。
百舌鳥・古市古墳群です。大仙古墳をふくむ49基の古墳がまとまって残り、2019年に世界文化遺産へ登録されました。これほど巨大な墓が集中してつくられたこと自体が、当時この地域が政治の中心だったことを示しています。
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