中学受験 歴史マスター > 昭和時代の問題
昭和時代は、世界恐慌から満州事変・日中戦争・太平洋戦争へ進み、敗戦後の民主化と高度経済成長をへて現代につながる、日本史で最も出題の多い時代の一つです。GHQによる三大改革、日本国憲法、サンフランシスコ平和条約、国際連合加盟、高度経済成長と公害、東京オリンピックが中心になります。年号を問う問題が多いので、1945年・1951年・1956年・1964年・1972年を軸に並べて覚えると整理しやすくなります。
1929年、ニューヨークで起こった株価の暴落(急激に下がること)をきっかけに、銀行や会社がつぶれて失業者があふれるなど世界中に広まった深刻な不景気をという。
世界恐慌です。ニューヨークの株価暴落から始まり、資本主義の国々に連鎖して広がりました。日本にも昭和恐慌として深刻な影響がおよび、行きづまりを打開しようとする動きが満州事変へとつながっていきます。
太平洋戦争が始まる前の年、日本・ドイツ・イタリアが結びつきを強めた日独伊三国同盟が結ばれたのは西暦何年か。
1940年です。日独伊三国同盟は太平洋戦争が始まる前の年に結ばれ、アメリカとの対立を決定的にしました。1936年の日独防共協定、1941年の日ソ中立条約と太平洋戦争開戦とあわせて、順番で押さえておきましょう。
GHQは、三井・三菱などの大企業集団が戦争に協力したと考え、1945年からその分割を指示した。この政策を何というか。
財閥解体です。少数の大企業集団が経済を支配し戦争に協力したとみなされ、分割が命じられました。農地改革、労働組合の育成とあわせてGHQの三大改革とよばれ、いずれも日本の社会を民主化するための政策です。
1950年、朝鮮半島の北緯38度線をはさんで南北の二つの国が戦争を始め、アメリカ軍を中心とする国連軍も参加した。1953年に休戦となったこの戦争を何というか。
朝鮮戦争です。日本は国連軍の物資を供給する立場となり、特需景気とよばれる好景気をむかえて経済復興のきっかけをつかみました。同時に警察予備隊がつくられ、これがのちの自衛隊へとつながります。
鳩山一郎(はとやまいちろう)内閣がソ連と国交を回復した日ソ共同宣言をきっかけに、日本が国際連合への加盟を認められたのは西暦何年か。
1956年です。ソ連は国際連合の常任理事国として日本の加盟に反対していましたが、日ソ共同宣言で国交が回復したことで反対がなくなり、加盟が実現しました。日本が国際社会に完全に復帰した年として重要です。
サンフランシスコ平和条約と同じ日に、独立回復後もアメリカ軍が日本にとどまることを認めた日米安全保障条約が結ばれたのは何年か。
1951年です。サンフランシスコ平和条約で独立を回復した日本が、同じ日に日米安全保障条約を結び、アメリカ軍が引き続き日本にとどまることを認めました。独立と米軍駐留がセットだった点が、その後の沖縄の問題にもつながります。
東京裁判ともよばれ、敗戦後に東条英機(とうじょうひでき)ら戦争を指導した人々が連合国によって裁かれた裁判を何というか。
極東国際軍事裁判です。東京裁判ともよばれ、東条英機ら戦争を指導した人々が連合国によって裁かれました。ドイツで行われたニュルンベルク裁判と対応する裁判で、戦争責任を国際的に問うた点に意味があります。
1949年に成立し、日本と長く国交がなかった中華人民共和国を、建国のときから率いた指導者はだれか。
毛沢東です。1949年に中華人民共和国の建国を宣言し、初代の指導者となりました。日本は台湾に移った中華民国と国交を結んでいたため、中華人民共和国との国交正常化は1972年の日中共同声明まで待つことになります。
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