中学受験 歴史マスター > 室町時代の問題
室町時代は、南北朝の争いから始まり、足利義満の全盛期をへて、応仁の乱のあと戦国の世へ向かう長い時代です。建武の新政、勘合貿易、金閣と銀閣、能と狂言、土一揆と一向一揆、応仁の乱、鉄砲とキリスト教の伝来が中心になります。北山文化と東山文化のちがい、守護大名と戦国大名のちがいは、どちらもよく問われるので整理しておきましょう。
1333年に鎌倉幕府がほろびた後、武士よりも公家(くげ)を重んじる天皇中心の新しい政治を始め、武士の不満を招いた天皇はだれか。
後醍醐天皇です。鎌倉幕府をたおしたあと建武の新政を始めましたが、恩賞が公家に厚く武士に薄かったため不満が高まり、わずか2年ほどで足利尊氏にそむかれて失敗しました。醍醐天皇は平安時代の別人なので、「後」の一字を見落とさないよう注意しましょう。
室町幕府8代将軍の足利義政(あしかがよしまさ)が京都の東山に建てた、書院造を取り入れた、東山文化を代表する建物を何というか。
慈照寺銀閣です。足利義政が京都の東山に建て、たたみ・障子・床の間を備えた書院造が取り入れられました。この書院造が今の和室の原型になっています。義満が北山に建てた金閣は派手で豪華な北山文化を代表し、対照的な性格を持ちます。
甲斐国(今の山梨県)を本拠地とした戦国大名で、川の水害を防ぐ堤防(ていぼう)づくり(治水事業)や農業の発展にも力を入れた人物はだれか。
武田信玄です。甲斐国を治め、釜無川に信玄堤とよばれる堤防を築いて水害を防ぎ、農業の生産を安定させました。戦の強さだけでなく、領国の経営に力を入れた戦国大名の代表例としてよく取り上げられます。
1549年、イエズス会の宣教師が鹿児島に上陸して日本に伝えた宗教はである。
キリスト教です。1549年、イエズス会の宣教師フランシスコ・ザビエルが鹿児島に上陸して伝えました。貿易の利益を求めた大名の中には自ら信者となる者もあらわれ、キリシタン大名と呼ばれています。
1428年、近江国(滋賀県)の馬借(馬で荷物を運ぶ運送業者)が中心となって借金の帳消しを求めて起こした、初めての大規模な一揆を何というか。
正長の土一揆です。近江の馬借が中心となって借金の帳消しを求め、京都やその周辺に広がりました。農民や運送業者が団結して要求を通した初めての大規模な一揆で、惣とよばれる村の自治組織が育っていたことが背景にあります。
応仁の乱ののち、守護大名にかわって各地に登場し、独自の分国法(領国を治めるための独自の法)を定めて領国を支配した大名をという。
戦国大名です。応仁の乱で幕府の力が失われると、守護大名にかわって実力で領国を支配する大名が各地に現れました。分国法という独自の法を定めて家臣や農民を統制した点が特徴で、下の者が上の者を実力でたおす下剋上の風潮を象徴しています。
室町時代、蝦夷地(今の北海道)に古くから住み、サケや昆布などの産物で本州の人々と交易を行っていた民族をという。
アイヌの人々です。蝦夷地に古くから住み、サケや昆布、毛皮などを本州の人々と交易していました。和人の進出が激しくなると対立が起こり、コシャマインやシャクシャインが立ち上がったことも重要です。
イエズス会の宣教師(せんきょうし)として日本を訪れ、キリスト教を初めて伝えた人物で、西日本の各地をまわって布教を行ったのはだれか。
ザビエルです。イエズス会の宣教師として鹿児島に上陸し、平戸、山口、京都など西日本各地をまわって布教しました。ペリーは幕末、シーボルトとクラークは江戸後期から明治にかけての人物なので、来日した時代で区別できます。
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