中学受験 歴史マスター > 明治時代の問題
明治時代は、江戸幕府がたおれて近代国家がつくられていく激動の時代です。五箇条の御誓文、版籍奉還と廃藩置県、地租改正・学制・徴兵令の三大改革、文明開化、自由民権運動と大日本帝国憲法、日清・日露戦争、条約改正が中心になります。とくに不平等条約の改正は、領事裁判権を撤廃した陸奥宗光と関税自主権を回復した小村寿太郎の役割分担が頻出です。
1867年、大政奉還(政権を朝廷に返したこと)のあとに倒幕派が出した、幕府・将軍を廃止して天皇を中心とする新しい政府をつくることを宣言したものをという。
王政復古の大号令です。徳川慶喜が大政奉還で政権を朝廷に返したあとも徳川家の力は残っていたため、倒幕派は幕府と将軍そのものを廃止し、天皇中心の新政府をつくることを宣言しました。これに反発した旧幕府側との間で戊辰戦争が始まります。
1871年に郵便制度をつくり、「郵便」「切手」などの言葉も考え出して、「日本近代郵便の父」と呼ばれる人物はだれか。
前島密です。イギリスの制度を参考に日本の郵便のしくみをつくり、「郵便」「切手」「はがき」といった言葉も考え出しました。全国どこでも同じ料金で手紙が届く制度は、この時代に整えられたものです。
1874年、板垣退助(いたがきたいすけ)らが「国の政治は国民が選んだ議員によって行うべきだ」と主張して明治政府に提出した、国会開設を求める建白書(意見書)を何というか。
民撰議院設立の建白書です。征韓論に敗れて政府を去った板垣退助らが提出し、これが自由民権運動の出発点となりました。運動は全国に広がり、政府は1881年に10年後の国会開設を約束することになります。
不平等条約の改正は明治政府の大きな課題であった。1894年、日清戦争の直前にイギリスとの交渉で領事裁判権(治外法権)の撤廃に成功した外務大臣はだれか。
陸奥宗光です。日清戦争の直前にイギリスとの交渉で領事裁判権の撤廃に成功しました。もう一つの課題である関税自主権の完全回復は、日露戦争後の1911年に小村寿太郎が達成しており、二人の業績を取りちがえないようにしましょう。
日露戦争では多くの犠牲と重い税の負担にたえたのに、ポーツマス条約で日本がロシアから賠償金(戦争に負けた国が相手に支払うお金)を得られなかったため、講和条約に反対する人々が東京で起こした暴動を何というか。
日比谷焼き打ち事件です。日露戦争は日本の国力の限界に近い戦いで、多くの死傷者と重い増税に国民は耐えていました。それにもかかわらずポーツマス条約で賠償金が得られなかったため、不満が爆発して暴動に発展したのです。
日清戦争に勝った日本は、下関条約で遼東(りょうとう)半島を手に入れた。しかし南下をねらうロシアがフランス・ドイツをさそい、遼東半島を清に返すよう日本にせまった。この出来事を何というか。
三国干渉です。ロシアがフランス・ドイツをさそって遼東半島の返還を求め、当時の日本には対抗する力がなく従うほかありませんでした。この屈辱が「臥薪嘗胆」を合言葉とする対ロシア感情を高め、のちの日露戦争につながっていきます。
明治時代に、日本で最初の銀行である第一国立銀行や、500以上の会社の設立にかかわり、「日本資本主義の父」と呼ばれる人物はだれか。
渋沢栄一です。第一国立銀行をはじめ500以上の企業の設立にかかわり、日本の資本主義の基礎を築きました。2024年から新一万円札の肖像にもなっています。三菱を興した岩崎弥太郎とは、財閥を築くより公共の利益を重んじた点で対比されます。
明治時代にお雇い外国人として来日したアメリカ人で、日本の伝統的な美術の価値を見直して、その保護と復興(ふっこう)に力をつくした学者はだれか。
フェノロサです。西洋化の流れの中で軽んじられていた日本の伝統美術の価値を評価し、岡倉天心とともに保護と復興に力をつくしました。モースは大森貝塚、クラークは札幌農学校、ヘボンはヘボン式ローマ字と、お雇い外国人はそれぞれの業績で区別しましょう。
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