アジア・アフリカ会議(1955年)の語呂合わせ・覚え方
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1955年
アジア・アフリカ会議がひらかれる
行く(19)、午後(55)のバンドン会議。
時代: 昭和時代
アジア・アフリカ会議ってなに?
- アジアとアフリカの国々が、自分たちで初めて開いた大きな国際会議
- 第二次世界大戦後、アジアやアフリカでは植民地(ほかの国に支配された土地)だった国々が次々に独立した
- 独立した国の多くは、アメリカとソ連のどちらの陣営(グループ)にも入らない立場をとろうとした
- 1955年、インドネシアのバンドンで会議が開かれ、29か国が参加した
- 植民地支配への反対や平和共存などをかかげた、平和十原則が決められた
- インドのネルー首相や中国の周恩来(しゅうおんらい)が中心となり、日本も参加した
入試でねらわれるポイント
- 会議が開かれたのはインドネシアのバンドンである。別名のバンドン会議もおさえる。
- この会議で決まったのは平和十原則である。植民地支配への反対や平和共存を内容とする。
- 日本は独立回復後の1955年にこの会議に参加した。国際連合加盟の1956年とあわせて覚える。
関連キーワード
| 用語 | ひとことメモ |
|---|---|
| バンドン | アジア・アフリカ会議が開かれたインドネシアの都市 |
| 平和十原則 | この会議で決められた平和共存などの原則 |
| インドネシア | 会議の開催国。戦後に独立した国の一つ |
| ネルー | 会議で中心的な役割をはたしたインドの首相 |
| 植民地 | 会議に参加した多くの国が戦後にそこから独立した |
オレンジ色の文字は赤シートで消えます。印刷して、隠して覚えましょう。
昭和時代の札
- 1929 世界恐慌がおきる
- 1931 満州事変がおこる
- 1932 五・一五事件がおこり、犬養毅首相が暗殺される
- 1936 二・二六事件がおこる
- 1937 盧溝橋事件 → 日中戦争がはじまる
- 1938 国家総動員法が出される
- 1939 第二次世界大戦が始まる
- 1940 日独伊三国同盟が結ばれる
- 1941 日ソ中立条約に調印する
- 1941 太平洋戦争がはじまる
- 1942 ミッドウェー海戦がおこなわれる
- 1945 ヤルタ会談が開かれる
- 1945 ポツダム宣言を受け入れ、日本は無条件降伏する
- 1945 国際連合が成立する
- 1946 農地改革を行う
- 1946 日本国憲法が公布される
- 1948 世界人権宣言が採択される
- 1949 中華人民共和国が成立する
- 1950 朝鮮戦争が始まる
- 1950 警察予備隊が創立される
- 1951 サンフランシスコ平和条約に調印する
- 1951 日米安全保障条約が結ばれる
- 1954 自衛隊が発足する
- 1955 アジア・アフリカ会議がひらかれる
- 1956 日ソ共同宣言が出される
- 1962 キューバ危機がおこる
- 1964 東京オリンピックが開催される
- 1965 アメリカがベトナム戦争に本格的に軍事介入する
- 1967 公害対策基本法が制定される
- 1967 非核三原則が表明される
- 1972 沖縄が返還される
- 1973 石油危機(オイルショック)がおきる
- 1978 日中平和友好条約が締結・発効する
- 1985 男女雇用機会均等法が成立する