樺太・千島交換条約(1875年)の語呂合わせ・覚え方
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1875年
樺太・千島交換条約がむすばれる
樺太ひと(1)つ、は(8)な(7)して、ご(5)っそり千島をもらう交換条約。
時代: 明治時代
樺太・千島交換条約ってなに?
- 日本とロシアが、樺太と千島列島を分け合って国境を決めた条約
- 1854年の日露和親条約で、千島列島の国境は決まっていた
- でも樺太には国境がなく、両国の人々が住んでいて争いがおきやすかった
- 1875年、日本は榎本武揚(えのもとたけあき)を代表にロシアと話し合った
- 樺太をロシア領とするかわりに、千島列島をすべて日本領とした
- これが樺太・千島交換条約で、北の国境が定まった
入試でねらわれるポイント
- 樺太・千島交換条約で、樺太はロシア領、千島列島はすべて日本領となった。どちらがどちらか問われる。
- 1854年の日露和親条約では、択捉島(えとろふとう)と得撫島(うるっぷとう)の間が国境とされ、樺太は両国の人が住む地とされた。
- 日本の代表は榎本武揚。戊辰戦争で五稜郭にたてこもった人物でもある。
関連キーワード
| 用語 | ひとことメモ |
|---|---|
| ロシア | 条約を結んだ相手国。樺太を自国の領土とした |
| 千島列島 | この条約ですべて日本領となった島々 |
| 樺太 | この条約でロシア領となった。現在のサハリン |
| 榎本武揚 | 日本の代表としてロシアと交渉した人物 |
| 日露和親条約 | 1854年の条約。樺太は両国の人が住む地とされた |
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明治時代の札
- 1868 五箇条の御誓文が発布される
- 1869 藩主が土地と人民を朝廷に返す(版籍奉還)
- 1871 藩が廃止され府県が設置される(廃藩置県)
- 1872 学制が公布される
- 1872 富岡製糸場ができる
- 1873 徴兵令と地租改正が発布される
- 1874 「民撰議院設立建白書」が提出される
- 1875 樺太・千島交換条約がむすばれる
- 1876 日朝修好条規を結ぶ
- 1877 西南戦争がおこる
- 1885 伊藤博文が初代首相になる
- 1886 ノルマントン号事件がおこる
- 1889 大日本帝国憲法が公布される
- 1890 第一回帝国議会がおこなわれる
- 1894 甲午農民戦争がおこる
- 1894 日英通商航海条約で領事裁判権撤廃を決める(実施1899年)
- 1894 日清戦争が始まる
- 1895 下関条約が締結される
- 1895 三国干渉がおこる
- 1901 八幡製鉄所が操業開始する
- 1902 日英同盟がむすばれる
- 1904 日露戦争がおこる
- 1905 ポーツマス条約がむすばれる
- 1910 韓国併合をおこなう
- 1911 関税自主権を完全に回復する
- 1911 辛亥革命がおきる