下関条約(1895年)の語呂合わせ・覚え方
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1895年
下関条約が締結される
一夜(18)で急降(95)下、清の立場。
時代: 明治時代
下関条約ってなに?
- 日清戦争に勝った日本が、清と結んだ講和条約(戦争を終わらせる約束)
- 1895年、山口県の下関で、日本と清が話し合った
- 日本の代表は伊藤博文と陸奥宗光、清の代表は李鴻章(りこうしょう)だった
- 清は朝鮮の独立を認め、遼東半島・台湾・澎湖(ほうこ)諸島を日本にゆずった
- 清は多額の賠償金(つぐないのお金)をはらい、日本はその一部で八幡製鉄所をつくった
- 台湾は日本の植民地になり、台湾総督府が置かれた
入試でねらわれるポイント
- 下関条約で日本が得た領土は遼東半島・台湾・澎湖諸島。地図の位置も問われる。
- 遼東半島は三国干渉で清に返した。最後まで日本領として残ったのは台湾と澎湖諸島。
- 日露戦争の講和はポーツマス条約。日清戦争の下関条約と取りちがえないこと。
関連キーワード
| 用語 | ひとことメモ |
|---|---|
| 遼東半島 | 下関条約で日本が得たが、三国干渉で清に返した |
| 台湾 | 下関条約で日本の領土となり、植民地とされた |
| 賠償金 | 清が日本に支払ったお金。一部は八幡製鉄所の建設に使われた |
| 李鴻章 | 下関条約を結んだときの清の代表 |
| 陸奥宗光 | 伊藤博文とともに日本の代表となった外務大臣 |
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明治時代の札
- 1868 五箇条の御誓文が発布される
- 1869 藩主が土地と人民を朝廷に返す(版籍奉還)
- 1871 藩が廃止され府県が設置される(廃藩置県)
- 1872 学制が公布される
- 1872 富岡製糸場ができる
- 1873 徴兵令と地租改正が発布される
- 1874 「民撰議院設立建白書」が提出される
- 1875 樺太・千島交換条約がむすばれる
- 1876 日朝修好条規を結ぶ
- 1877 西南戦争がおこる
- 1885 伊藤博文が初代首相になる
- 1886 ノルマントン号事件がおこる
- 1889 大日本帝国憲法が公布される
- 1890 第一回帝国議会がおこなわれる
- 1894 甲午農民戦争がおこる
- 1894 日英通商航海条約で領事裁判権撤廃を決める(実施1899年)
- 1894 日清戦争が始まる
- 1895 下関条約が締結される
- 1895 三国干渉がおこる
- 1901 八幡製鉄所が操業開始する
- 1902 日英同盟がむすばれる
- 1904 日露戦争がおこる
- 1905 ポーツマス条約がむすばれる
- 1910 韓国併合をおこなう
- 1911 関税自主権を完全に回復する
- 1911 辛亥革命がおきる