領事裁判権の撤廃(1894年)の語呂合わせ・覚え方
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1894年
日英通商航海条約で領事裁判権撤廃を決める(実施1899年)
一(1)度、白紙(894)に戻す領事裁判権。
時代: 明治時代
領事裁判権の撤廃ってなに?
- 日本で罪をおかした外国人を、日本の法律で裁けるようにすると決めたこと
- 幕末の不平等条約では、日本にいる外国人を日本の法律で裁けなかった
- 1886年のノルマントン号事件で、条約改正を求める声が高まった
- 外務大臣の陸奥宗光(むつむねみつ)は、イギリスと話し合いを進めた
- 1894年、日英通商航海条約を結び、領事裁判権の撤廃(なくすこと)を決めた
- 撤廃が実際に始まったのは、1899年からだった
入試でねらわれるポイント
- 領事裁判権の撤廃に成功した外務大臣はだれか、という問いが多い。答えは陸奥宗光。
- 領事裁判権の撤廃は1894年の陸奥宗光、関税自主権の回復は1911年の小村寿太郎。
- 最初に撤廃に応じた国はイギリス。ロシアに対抗するため日本に歩み寄った。
関連キーワード
| 用語 | ひとことメモ |
|---|---|
| 陸奥宗光 | 領事裁判権の撤廃に成功した外務大臣 |
| 領事裁判権 | 罪をおかした外国人を、その外国人の国の領事が裁く権利。この条約で撤廃が決まった |
| イギリス | 最初に領事裁判権の撤廃に応じた国 |
| 関税自主権 | 自国で関税を決める権利。1911年に小村寿太郎が回復した |
| ノルマントン号事件 | 1886年の事件。領事裁判権撤廃を求める声を高めた |
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明治時代の札
- 1868 五箇条の御誓文が発布される
- 1869 藩主が土地と人民を朝廷に返す(版籍奉還)
- 1871 藩が廃止され府県が設置される(廃藩置県)
- 1872 学制が公布される
- 1872 富岡製糸場ができる
- 1873 徴兵令と地租改正が発布される
- 1874 「民撰議院設立建白書」が提出される
- 1875 樺太・千島交換条約がむすばれる
- 1876 日朝修好条規を結ぶ
- 1877 西南戦争がおこる
- 1885 伊藤博文が初代首相になる
- 1886 ノルマントン号事件がおこる
- 1889 大日本帝国憲法が公布される
- 1890 第一回帝国議会がおこなわれる
- 1894 甲午農民戦争がおこる
- 1894 日英通商航海条約で領事裁判権撤廃を決める(実施1899年)
- 1894 日清戦争が始まる
- 1895 下関条約が締結される
- 1895 三国干渉がおこる
- 1901 八幡製鉄所が操業開始する
- 1902 日英同盟がむすばれる
- 1904 日露戦争がおこる
- 1905 ポーツマス条約がむすばれる
- 1910 韓国併合をおこなう
- 1911 関税自主権を完全に回復する
- 1911 辛亥革命がおきる